変手〔フェンディ〕を使うために

 

武術の稽古を継続していると、さまざまな技法が身についていきます。
基本的な技、複雑な技、大掛かりな技、地味だが効く技など、その内容は多岐に渡り、稽古が進むほどに広がりを見せ、やがては深みさえも湛えていくことでしょう。

組手や自由な攻防を経験していくことによって、使いやすい技や使いにくい技、相手によっては決まり具合が大きく異なる技など、それぞれの技法の特徴や用い方なども、徐々に掴めてくるに違いありません。

なぜ決まるのか、決まらないのか。
そのあたりを見極めていく過程で、実践における“変化”の重要性にも、次第に思い至ることでしょう

“実践名人”と呼ばれた本部朝基も、組手における用法や、あるいは組手そのものを変手〔フェンディ〕と呼んで、重きをおいていたと言い伝えられています。

 すべては自然であり、変化である――本部朝基

これほどまでに端的に、天地自然の理を表した言葉というのも、他に見当たらないかもしれません。
情報の限られていた明治という時代に生まれた朝基が、どれほど深く空手という文化の本質を捉え、自家薬籠中のものとしていたのかが、この一文からだけでも察せられるかのようですらある。

また本部朝基は、次のようにも語っています。

 受け手がすぐ攻め手に変化しなければならない。
 一方の手で受け、他方の手で攻めるというようなものは、真の武術ではない。
 さらに進めば、受けと攻めが同時に行われる技が本当の武術である。

 真の唐手に対しては、連続突きなどは出来ない。
 それは真の唐手で受けられたなら、相手の次の手は出ないからである

変手といっても、決して小手先の技巧に走ったり、軽業のようなものではないというのが、上記の文章からは伝わってくるのではないでしょうか。

本部朝基は“ナイファンチの型”を最重視していたと伝えられています。
那覇手のサンチンと同様に、基本でありながら極意にまで通じる奥深さが、首里手のナイファンチの型には込められている。

そして首里手ならではの高度な身遣いが、このナイファンチには、いくつも秘められているのです。

たとえば“波返し”の動作です。
わざと不安定な状態を作り出すことで、強大な力を生みだす。
さらには不安定であるがゆえに、予測不能な動きさえも可能たらしめる。
ナイファンチを長くに渡って打ち込んでいけば、そういった身体感覚も芽ばえてくることでしょう。

あるいは、両手を添えるようにして用いる“夫婦手”
どちらの手が“受け”になっても、逆の手が瞬時に“攻め”に変化する。
まさしく“変手”が、この夫婦手によって実現できるようになっていくのです。

実戦性を追及した本部朝基が残した約束組手には、そのような“ナイファンチならではの身ごなし”が至るところに現れています。

しかしながら本部朝基は、これらを個別の技法としては指導せず、あくまでも“ナイファンチの応用の一例”として、後進には伝えていたように思われます。
通り一遍の“型の分解”として教えてしまうと、そこに固定観念が生じてしまい、応用力や実戦性が失われかねないからです。

すべては自然であり、変化であるのだから、同じ場面はひとつとしてない。
ゆえに応用は無限であり、変化に対応できる自然な動作でなければならない。
本部朝基であれば当然のごとく、そこまでを見越して、変手という言葉を用いていたはずです

まったくの初心者であっても、どこかの道場に入門して一年あまりが過ぎれば、一頻りの技は使えるようになっていくものです。
しかし、それは単純な約束組手のような、ごく限定された場面においてのことでしかありません。

自由な攻防で一頻りの技を決められるのなら、その時点で全国区の選手になっていてもおかしくはない。
けれど、大多数の武術の愛好家は、そこまでは達することもないまま、生涯を終えていくのです。

変化に対応できるか否かというのは、それほどまでに大きな現実であり、課題であるともいえるでしょう。

「ナイファンチだけでいい」
晩年の本部朝基は、そのように語ったともいわれています。
幾多の実戦を勝ち抜いてきた朝基だからこその、深みある言葉です

型を強引な解釈で分解したり、こじつけのような約束組手を増やしてみたところで、無限の変化になど対応できるはずもない。
むしろ、悪癖がついてしまい、後手に回る要因を増やしかねない。

ならば、自然に動くのみ。
無心に動けるまでに、理に適った身ごなしを、型によって練り込むのみ。

そのためにこそ、不安定で予測不能な動きを内包するナイファンチを用いる。

ナイファンチの型には、歩法、崩し、入身、捕手、数々の当身、体当たりなど、空手の精髄が過不足なく詰め込まれています。
しかも、それらが別個のものとしてではなく、流れの中で練り込んでいけるように、高度に関連づけられてさえいる。
だからこそ、変化に対応できる道筋も見えてくる。

身心と技術を型によって錬磨し、攻防の中で無限の変化を遂げるまでに備えていく。
それこそが本部朝基の実戦空手の集大成であり、変手〔フェンディ〕の完成形であったのかもしれません。

競技にたずさわる選手や武術の指導者各位も、この“変手”について今一度、深く考えてみる時期が訪れているのではないかと感じます。

妄想でしかない、型の分解。
使いものにならない、約束組手。
悪しき慣習を積み重ねるほどに、変化への対応はますます困難になっていくことでしょう。

理に適っていない技術を残していくことは、文化としての衰退を招き、日本の武術の価値をも貶めかねない。

そういった視点を備えた関係者を増やしていかないかぎり、日本における武術は低迷を続けることになり、やがては海外勢に換骨奪胎されて、これまで以上に威厳をも失って、本場ですらもなくなっていくことにもなりかねないのです。